心の流れBlog

心の守り方を考える

親切の押し売りか?心配ってなんだろ

記事をコツコツ書いていたら、あらまっ、知らない間に1000記事に到達しました。
びっくり。
「意外と粘り強くやるタイプね」と一人で自分褒めに入ってます。

さて、

人に「心配しているよ」と言われること、あります。
その【心配】の意味が、分からなくなってきました。

というのも、心配とは、名ばかりで、実際は
心配する側の想像の範疇に私が収まっているか確かめようとしているだけに思える
からです。
だから、心配と称して、のぞき見趣味的に近況を聞き出し、かつその近況が想像の
範疇を超えると、批判をしてくるのです。
心配って、支配のこと?と勘違いしそうです。

本来の心配とは、その人が、その人らしくいることができれば、するものではない
でしょう。
困っていない人に、「助けてあげる」といっているようなものです。
ありがた迷惑過ぎ。

周りから見て、明らかに不健康や、精神的落ち込みが激しい場合は、心配を
して、様子を見て、話を聴いてあげればいい。
場合によって、支援や、支援窓口を紹介すればいい。

でも、そうでないときは、そっとしておきましょうよ。
世の中の心配が、支配の色・批判の色を帯びるから、心配されることが
うっとおしい事に成り下がるのです。

相手を心配するときは、自分が心配という名の情報収集や支配をしたいのか
それとも、相手が相手らしくいるための手助けをしたいのかよく考えてから
にしましょう。

なんでもかんでも、心配っていうのは、どうも違う気がします。