心の流れBlog

心の守り方を考える

自分が演じていた架空の像

ある発言小町への返答をきっかけに、偽りの自分について考えてみることにした。

親は私に
 理系に行け
 国立に行け
 友達をたくさん作れ
 華やかでいろ
と言った。

そこで、大学は国立理系、バイト先で多くの友人を作り、おしゃれを楽しむウキウキ
大学生のふりをした。
バイトの中に、特に仲の良い友達もいて、親友のようにつきあっていた。
彼氏もいたし、表面上パーフェクトだった。

でも、あるときふと、このつながりは、私と同じように、皆も友達いるふりをしたい

フェイクではないか?と思い始めた。
どこか浮き足たって、もろそうな友人関係。彼女がいるというステータスを求める
彼氏。・・・心が晴れない。

そのまま原因を追及することなく、この年まできちゃった。
けど、今となっては、これは単なる懸念ではなく、事実だったと思う。
少なくとも、私自身、友人を大切にしていなかった。
友人を携帯のストラップみたいに、じゃらじゃら付けて、見せびらかす物と捉えていた。
友人がいないと、人間として欠陥があると見られそう
彼氏がいないと、モテない女と思われそう
そういう自意識過剰もあったと思う。

それもこれも、私自身が人間として大切にされた記憶が無く、誰かの欲望を
満たすためだけに、生かされてきたため、友人を大切にするの意味が
分かっていなかった事が原因と思う。

物として扱えば、自分も物として扱われる人生を歩む。
あの時感じた虚しさが、今ここに、よみがえる。

私は自分がまだ傲慢な人間だと思う。
成長が足りない。
でも、過去は後悔しない。
一歩でも成長したいと、進むのみ。