心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

いつも一人ぽっちとお嘆きの方へ

自分には友達がいない。誘うことはあっても誘われることはない。
他人の愚痴は一生懸命聞くのに、自分の愚痴は聞いてくれない。

そういうお悩み多いですね。

私もかつて、自分のことを心から大切に思ってくれる友はいないと悩んでました。

そして、特に、こちらが愚痴を聞いているのに、相手は愚痴を聞いてくれないのは
なぜか?頭を悩ませました。
もしかして、私って、下に見られている?愚痴のゴミ箱にされている?ってね。

でもあるとき気がついたのです。
私の人付き合いの方法が間違えていたのだと。


生きていれば、誰しも自分の意志にそぐわないことに出くわす。
そのときのストレスを発散したいのは、人間の性です。
誰かに聞いてもらえば、共感してもらえば、ストレスは一気に消える。
だから人は愚痴聞き相手を求めます。

はっきりいって、自分のストレスを発散させることが目的だけに、相手は誰でも
いいんです。
比較的自分に合わせてくれて、文句も言わず愚痴につきあってくれる人であれば。
だから、アナタに白羽の矢が立つ。
アナタは、ただ黙って相手の愚痴を聞きます。相手はスッキリします。
きっと相手は口でこういうでしょう。「ありがとう、すっきりした」と。

しかし、それを言葉通り受けとって、御礼をされた、感謝されたと思うと、後々大きな
問題を生みます。その問題とは、”有り難く思ってくれたのなら、恩返ししてくれる
はず”という思いこみ。
残念ながら、相手はそんな恩返すほど、アナタに感謝していません。
せいぜい、肩こりマッサージに行って、マッサージが終わった後に施術者に
「ありがとう」と言うくらいの軽さです。

ならば、聞き損じゃねえかと思うでしょう?
違うんです。
アナタの聞き方が間違えています。
おそらく、「そうなんだー」「へぇー」「私ならこう思うよ」といった返事をしていませんか?
これは、まさに聞いてるだけ。相手に寄り添っているとは言い難い。
だから相手は、”確かに聞いてくれているけど、なんだか感動しない、心が軽くなら
ないなぁ”と感じるのです。
ソウ!
なんと相手は”感動”
即ち
”あーー、分かってくれた。嬉しいっ”を求めているのです。
図々しい考えではありますが、それが本音。

そこまでアナタがしてくれたなら、感謝感激雨あられ←古っ
になるのです。
今回の感動も次回味わいたいから、アナタにアプローチするし、アナタの愚痴も
聞こうとする。

しかし、そこまで傾聴のプロフェッショナルは少ないですね。
だから、愚痴を聞いてあげた->恩を売った->今度は愚痴を聞いてくるハズ
という構図は、そもそも成り立ちません。

ということは、相手が愚痴を聞いて欲しいと言えば、断固拒否するか、対価を
要求するかしかありません。
対価の中に、今度は私の愚痴を聞くことを入れればいいのです。

でも、まぁ対価を要求する友達関係など、えてして長続きしません。
ということは、傾聴をトレーニングするか、愚痴以外でおつきあいするのがよいで
しょう。

えーーー、傾聴トレーニングなんて、出来ないと思っているアナタ。
周りの人気者を見てください。
人気者は絶妙なタイミングで相手に助け船をだせたり、共感したりしていますよ。

人気者になりたいなら、スキルを身につける。
今のままでいたいなら、一人に慣れる。

どっちも正解です。
どの生き方を選ぶのも自由、そして自分の責任。