心の流れBlog

心の守り方を考える

精神疾患は治すのか治るのか

自分の精神疾患を認識してから20年ほど経ちました。
その間に多くの専門家や書籍に助けられました。
やっと、囚われが取れ、正常な心を取り戻せてきた今、過去を振り返ると、病気は
自分の意志で直そうとしていた時期は、前に進まず、むしろ何気なくやってきたこと
に効果が高かったなぁと思うようになりました。

外科的な病気の場合、悪い所を取り除くのは医者ですが、それ以外の部分

-傷口をふさぐ・体力を回復する-
は本人の力です。
本人の力と言っても、意志をもって何かをするわけでなく、元々の機能を使うだけです。
ということは、外科治療は、専門家の助けと備わった機能という合わせ技で治癒する
ことを言うのです。

では、精神科はどうでしょう?
専門家は薬を処方します。話を聴きます。自分はどんな機能を使って回復しますか?
回復の方法があまりにも軽んじられているが故に、回復方法は確立されていません。
一般的には、書籍等で自らに気付きを促し、自分の間違いを正すことで回復する
とあります。果たしてそれで十分でしょうか?

外科の時は、気合いを入れる訳でも、何か作るわけでもなく、ただ安静にして
いただけです。
精神科も同じように、心を安静にしていれば治ると私は思います。
即ち治すのではなく、治るのです。

とはいっても、ぼぉーっとしていたら治るわけじゃありません。
心を安静にすることに取り組まなくては。
では、どうやったら安静にできるか?
そこでKEYになるのが、治療として受けたカウンセリングで、心にどんな変化が
起こったのかを気付くことです。
カウンセリングで、怒りが出てきたとします。今怒っているということは、今の時点
では怒ることが平常(安静)なのであって、大人しくしているのは、抑圧している状態
です。
平常を保つために、カウンセリング以外でも、怒りの感情を吐き出していいのです。
ただし、自分一人の世界で。
壁に向かって怒鳴るでも、ノートに殴り書きするでも、なんでもいいです。
怒りを出せるだけ出して、自分の心の澱を取ってしまいましょう。

怒りを吐き出せば、自然と心に変化が生まれます。
今度は、理不尽な環境におかれた自分への嘆きや哀しみです。
そしたら、哀しみが平常なのですから、しっかりと自分の哀しみに浸りましょう。
自分を哀れんで、哀れみ尽くしましょう。
「可哀想だ」と自分を抱きしめるもよし、自分のために涙をながすもよしです。

哀れみ尽くすと、自分のことを大切にしたくなります。
「こんな可哀想な私、誰かに守ってもらいたい」 強く願うようになります。
ここで、注意しなくてはならないのが、成人した自分を守る義務を持つ他者は
いないということです。
精神が幼いほど、幼児の感覚が抜けず、親と同じ役割を他者に求めたり、
親に求めたりします。
ですが、無償の愛は幼児の時期以外は受け取れないと心得た方がいいでしょう。
他人に期待しても、裏切られるだけです。裏切られたら、また怒りの感情のステップ
まで、後戻りすることになりますよ。

自分を大切にするステップが、最大の難所です。
他者がダメなら、頼るべきは自分です。でも、ほとんどの人が自分を守りきれない
から、精神疾患になっている。
長年培ってきた自分をいじめるクセから抜けるために、ゼロリセットして、育てなおし
をします。
育てなおしとは、童心に戻って、楽しかったことを追体験するのです。

私の場合は、クレヨンを買ってきて画用紙に落書きをします。絵は評価を目的と
していないので、無秩序で、汚い言葉を書くこともあれば、意味不明な絵を
描くこともあります。好きな食べ物を描くこともします。
他にも、ぬいぐるみやペットを抱きかかえて、もふもふした安心感を楽しみます。
ブログに、楽しかったことや腹が立ったこと、戸惑ったことを素直に書きます。
あっちこっちへ出かけて、幼い頃のいい記憶を思い出します。
泣きます。笑います。
楽しそうなことをやってみます。
幼いとき読んだ懐かしい絵本を、読み聞かせしてもらいます。

そうやって、楽しかったことのトレースをして、感情を取り戻して行くと、あるとき
哀れみが薄らぎ、けっこういい人生じゃないかと思い始めるのです。
そして、生きてきた中で良かったことがふぅ~っと浮かび上がり、囚われが消失
するのです。


うつを治すための方法は、数々提唱されています。
私は、うつを治そうとするほど、治癒から遠のく気がしてなりません。
無理をせず、心のままに動いていれば、自然と気持ちに変化がでます。
そして心のままに治る方が、再発の可能性が低いと思います。