心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

どれくらい”聴かれる”と満足がいくか

”聴く”プロ、カウンセラーに、自分の話をし続けると、どこかで十分言えたなと
感じる瞬間が訪れる。
満足した♪みたいな。

自分の場合、大体30~45分。

その間、積極的に相手が聴いてくれれば、なんとなくこれ以上言葉を出さなくても

いいじゃんとなって、ちょっと心が落ち着く。
他の人はどうなんだろうか?

近所のおばあちゃんの恨み辛み・愚痴話を聞いているとき2時間経っても
同じ話題で、辟易することがある。
おばあちゃんは”聴いてくれた”という満足が訪れないために、延々と同じ話を
繰り返しているのだろうか?

そこで、自分の言動を振り返ったときに、Sさん相手に感情をぶちまけたとき
(当たり前だけど)全然通じないので、先のおばあちゃんのように同じ話をぐるぐる
何度も繰り返していることに気がつく。
たぶん
聞いて!私××でムカツクの->全然、私のこと分かってないじゃない->そうじゃなくて
××でムカツクんだって->なんで分からないの?・・・
こんな心理状態なんだろう。

分かってもらうことを目的としている以上、相手が分かったと私が理解しない限り
このループに終わりが見えることはないだろう。

人は心に苦しみを抱えているから、それを放すために、人に話す。
放すためには、相手に渡さないといけない。
ところが相手が拒否すれば、苦しみは手から離れないことになり、それでは困ると
相手をねじ伏せてでも、苦しみの重みを感じてくださいなと迫る。
本当はその苦しみ、己で処理するものなのにね。

人はどんどん未熟化している。
自分の価値基準を信じ、自分で処理できないから、人の力を借りて、乗り越えよう
とする。それ自体は間違っていないが、全てを他人に頼り切り、解決しようとしている
人が増えてやしないだろうか。

聴くことの出来る人が減っている現在、延々同じ恨み辛みを言うグループと、
所詮聴いてくれる人などいないと諦めている孤高グループに二極分化していくのか
なぁ。