心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

自立したとは?

小さい頃から親に自立しなさいと言われて、育てられた。
この自立とは、おそらく経済的自立のことを指すのだと思う。
私が小さいときは、まだ女性が働ける職場は限られており、専業主婦がほとんど
だった。母親は自分が専業主婦になったことが、はがゆくて、子供には働いて
いて欲しいと願ったのであろう。

ところで、大人になって経済的自立をしたから、”自立した”ことになるかというと

自分はそうでもなかった。
お給料はそこそこもらえる、正社員だから地位も危うくない。でも、仕事が一丁前に
できている感じがしない。
結局、仕事に仕事を重ねて、仕事に依存するという罠にはまった。

つまり自立を内面から行えないと、なにかに依存する状態に陥るのだ。

仕事をしていることは、会社にとってもいいことだし、本人も褒められることはあっても
けなされることはないので、どんどんはまっていく。
もちろん、仕事が精神的満足をもたらしてくれるのならば、仕事という名の遊びに
どっぷり浸かっていても、問題ない。
しかし、やらねばならないという強迫概念で仕事をしていると、気ばかり焦って、
消耗し続けるから、破綻するか、別の物に依存するかという悪い方向へ行く。

よくエリートが羽目を外すとか、軽犯罪を犯すというのは、スリルという依存にはまって
いる状態なのだ。

自立というのは、まず自分と話が出来なくては一歩も進まない。
この世に完璧な人間はいない。どこかに葛藤や問題を抱えている。
その状態から先に進むために、他者に答えを求めたり、遊びに答えを求めても
的外れ。
やっぱり目をそらさずに考えて、自分なりの一歩を生み出さねばならぬ。
つまり、自立とは誰にも頼らずに、自分の力で自分の行く道を決めるという覚悟を
持つと言うことであって、経済的だとか、家族を持ったからだとかという事象とは
一切関係がない。

日本は自立の教育がなされていない。
みんなと同じがよい答え、エリート街道走りましょう、出る杭は打たれる
と、まぁ自立とはほど遠い枠組み教育が施されている。
本当はみんな一人一人個性があるのに、その個性が親の常識によって悪いこと
と判断されたら、バチッとむしり取られて、捨てられる。
去勢された子供達は、枠組みの中でだけ、肯定され、認められる。
だから常に周りを見て、違わないように注意しながら生きる。
それでどうやって自立の道を歩むんでしょうね。

自立は自分で決めて、自分で責任を持ってその方向へ進むこと。
日本の教育は、親や教育機関が決めて、それに違わず進むこと。

親子の会話、学校の教育、周囲の人々によって、自分が考えるということが
否定され、標準や常識という考えをまとうことがいいことですよとすり込まれる子供達。

なにも疑問に思わず、進んでいけば、依存の道しか用意されていないのが現状。
いつ自立の本質を学ぶんですかね?
自立していないことは、ひたひたと自分を蝕む。
恋人がいないと安定しない女性、ギャンブルにはまる男性、嫁姑問題にふりまわ
される嫁と姑、他人の幸せを素直に喜べない嫉妬を抱えた人々、すぐに比較を
して、落ち込む親。
これ全部自立していない証なんですよ!

人間関係で悩むのは全て自分と他者をごっちゃにしているから。
自分は自分と割り切ればいいのに、あいつが・・・ときにしてばかりいる依存が
苦しみの根源なんです。

結局の所、ちゃんと自立できない人間は他人を非難したり、うらやんだり、執着したり
と、ずいぶん大変な感情を抱えたまま生きんといかんようになるわけです。
自立を学ぶ機会は残念ながら用意されていませんから、自分で悩むより仕方が
ありません。
それでも、幸せになりたいと本気で思うのなら、自分が作り上げた思いこみを一度
ぐちゃっとつぶして、そこから新しい本当に自分の脳みそで考えた概念をつくり
あげてみましょう。
そしたら、世の中のモノサシが如何につまらないものなのか見えてきて、鼻先で
ふふーんって笑っちゃいます。