心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

対話することの難しさ

日々の生活で、対話を心がけようとしても、相手に引きずられて、会話になって
しまう。
日常であったこと、過去のエピソード、それらをつらつらと並べるだけでは、話を
している双方に変化が現れない。

対話は意識する所から始まる。

先ず相手と自分は別の考えを持つ存在として、ここに居るということを認める。
つまり相手に同意を求めない、意見を押しつけない、否定しない。
意外とこれが出来ない人が多い。

話の途中で割ってはいる人、頭ごなしに否定する人、自分の考えに同意しろと脅迫
する人。
そうやって自分の分身になれと目の前の人をコントロールしたがる人間の多いこと。
結局そのような人間は、自分一人でその意見を背負うことができない弱小人間。
だから相手にも同意させて、村を作りたい。
反発や独自意見などもってのほか。
相手にそれをやられると、こっちもゲンナリして、もうお話するのを辞めましょうとなる。

対話は相手を傷つけない、ねじ込めない。
だから何時間やっても、嫌な気持ちにならない。むしろ爽やかな感動が残る。
ただしやっている最中は、自分を律する強さを持ち合わせる必要がある。
自分と戦い、自分をなだめ、自分の意見を整理し、口に出すというのは、結構な
労力である。
そういう労力の積み重ねがあるから、爽やかな感動に繋がる。

平和で、なんにも考えなくていいような人間交流は、ただの時間の浪費に過ぎず、
終わった所で何も残らない。
辛く、自分が試され、真剣に取り組まねばならぬ人間交流は、その苦労と引き換えに
大きな成果をもたらしてくれる。

だから私は辛くとも対話をしてみたい。
相手が会話に逃げてしまって、楽しようとしても、対話の世界へ引き戻せる力強さ
が自分に備わったなら、いつでも対話できるのに・・・と、自らの力不足を明日の
糧にしようとした次第です。