心の流れBlog

心の守り方を考える

母親は世話をすることをメインストリームとしてはならない

めずらしく早起き?して、Sさんの朝ご飯を作ったときに、ふっと気がついた。
自分は今、人の世話をしているけど、この世話をすることを生き甲斐にしてしまうと
相手から反応が薄かったときに、怒るんじゃないか?と。

なんで世話をしているかというと、そういうものだからという思いこみ半分、自分の

存在意義を確かめるため半分。
自主性はない。
だからご褒美が欲しくなる。
それが相手からの反応。

私の母は、それはそれは過保護だった。
そして、世話をしていることをありがたく思って欲しがっていた。
私は過保護なのは、子を愛しているからだと思っていた。
ところがどっこい、あの人(母)は、子を愛してなどおらず、自分の存在意義を
確かめる道具として、最大限利用していただけなのだ。

過剰なまでに相手に依存し、相手から愛を引きだそうとする行為は、鬱陶しく、
相手から疎まれる。
よく女性が男性に向かって「なんで~なの?」と言っているときは、大概この
ような心の状態であろう。

つまり世話というのは、一見無償の愛の体をなしていて、実はそうではない。
仕事をしたら、お金がもらえるように、世話をしたら、御礼の言葉がくるもの
といったやりとりがあるんだ。

だからといって世話をするなとは言わない。
ただ、世話をメインストリームとする生き方は、釈迦でもない限り、泥沼に
陥るから、辞めんしゃいと言いたいだけ。
ちゃんと自分の生き甲斐を持って、その傍で、ちょっと世話くらいの感覚
でいれば、十分なのです。
赤ちゃんだって3歳までは、いろいろ気をつけてあげればいいけど、それ以降は
多少自分でやりなさいくらいの突き放しをした方がいい。
それは他でもなく母親である自分のため。

ずっと尽くすのは、なまやさしい。
途中で、さっと身を引いて、私は私、アンタはアンタとするほうが、ずっと難しい
んです。
でも、この方がずっと互いに成長する。

妊娠期に教わる母親教育の中に、こういった事も含まれるんかしらん?
母というのは、やさしくもあり、厳しくもあり、強くもあらねばならない。

女性の皆さん、「なんで~なの?」が口癖となるような人生、歩みなさんな。