心の流れBlog

心の守り方を考える

愛されることは待つことかもね?

昨日NHKのラストフレンズを10秒くらい、ちら見。
松田美由紀さんがしゃべっていた。「人は一度でも愛されれば生きていける」
うん、そうだ。
両親でも、恋人でも本当に愛してくれれば、その思い出を胸に何事にも対峙して
いける。

が、愛される人ってそんなにいるのか?

両親に愛されている子供ってどのくらいいるよ?
大概の親は子供を「欲望」の対象としている。だから自分が果たせなかった夢を
押し付けたり、「お父さんのようにならないのよ」と自分より経済的によい生活を
させようとする。
どう将来を設計しようが子供の人権を尊重するという、心の広い親はいない。

そうやって親の欲望の対象にされ、それを実現するため自分を殺して生きてきた
人間が光を放てるだろうか?
大方の人は神経症的に周りを気にするようになるだろう。
その神経症的な人、異性から愛されるかな?
恋人はできると思う。だけど愛されることはなさそう。
だって人と人が惹かれあうというのは、心の中を見せ合いっこして、その中身が
相手を魅了することが大事だもの。
自分の心の中身を自分で理解できないほど、常識や親の意向に縛られている人間
は、他人へアピールする手段なんてないでしょう。

今まで愛されたことのない人は、宝くじがあたる確率くらいでしか愛をもらうことが
できないように思う。
それでも愛を待ちわびる気持ちは消えないねえ。

どうしよう?どうしよう?

ひとつは待つことかな。
といっても愛してくれる人が現れるのを待つのではない。
自分の気持ちが変わるのを待つ。
自分が自分らしさをもてない理由に気づき、是正するような生き方に変わるまで
待つ。
生き方って、ある日誰かが「こうすればいいよ」といったからって、変えられるもんでは
ないでしょう。
雑誌に載ってるポジティブシンキングでいこうというフレーズに誰も心が動かない
ように。
だから、自分が「これ!」と思う瞬間まで、待てばいいと思う。
私は30年以上、待ちましたし。

人生長いから気長にいきましょう。
生きていれば、考えが変わり、人に出会い、その中に愛してくれる人がいるかも
しれない。0歳で愛される人もいれば、80歳で愛される人もいる。
まだ、愛されていないからってあきらめることはないよ。
待とう。