心の流れBlog

心の守り方を考える

情は不要

親の問いに応じないことは罪なのか?
私の心のどこかで、親をバッサリ切り捨てられない自分がいる。
精神科医曰くそれが情なのだと。

きっと情は、自分も相手も傷つかない、けど本質を見る機会の損失をもたらす もの。

愛は自分が悪者にならなくてはいけないときもある、けど真実を見る機会を与える もの。

長期的目線で見てどちらが有意義でしょうか?

情では相手を救えない、愛は相手を救える。
だったら情は必要ないでしょう。

傷つけないことは、果たして善か?傷つかないと気づけない真実がある。
気づくためにはステップが必要なのだから。
相手に拒絶されて初めて自分を見直すことが出来る。そのための拒絶は愛では
なかろうか?

以前の私はゆで蛙。本当は心をじわじわと縛り上げられているのに、苦しいのに
見ないふりして、相手も自分も傷つかないふりして、上手く立ち回っていた。
でも、温度が上がりすぎて、死んじゃった。
もうそんな場所から脱しよう。
自分の心の快・不快を判断基準として、歩いていこう。
それが自分を救うことになるからね。