心の流れBlog

心の守り方を考える

誘う側と誘われる側

発言小町にタイトルのようなトピックがたっていて、「あー私もそれに悩んだことある!」
と感慨にふけってしまった。
私は誘う側かな。相手のためにやりたくもないのに全てお膳立てをするタイプ。
後で、ものすごくストレスを感じる。

誘われる側は「また誘ってね!」と平気な顔して言う。自分は常に接待される側で
いたいのか?そんなにアンタって特別な存在なのか?
アホらしいので二度と誘わない。

人と人の繋がりは常に対等であることが長続きするコツだと思う。
どちらかが一方的にもらう側、差し出す側では当然ながら不平不満が噴出し、
最後は絶縁という形になる。
それでも、誘われる側の席から一向に動こうとしないのはなぜなのか?

おそらく思考が自己中心的なんだろうな。私が一番偉くって、あんた達周りの人間は
私を喜ばすために存在しているのよ・・・とでも考えているのだろう。
だから、もてなすという発想がない。そしてもてなしてもらったら、相応のモノを
返すことが対等を保つ秘訣だとも気付いていない。

ここまで考えて、うーん[E:bearing]なんというか、誘う誘われるっていう次元で物事を考えて
いてもいいんだろうか?なんとなく損得勘定みたいな気がして下世話だ。


~されたとか~してあげたということに気を取られている人は、他者との関係性に
自分の神経を向けすぎている。自分の内部に神経を向けるならば、他者がどう
あろうと関係ないし、不思議なことにそういった人ほど他者から魅力的に映る。

だから、誘うとか誘われるという事象に縛られている私は、他者との関係性に
神経を使いすぎているのだろうな。
他人なんて全く気にならないくらいの、独立した精神を早く手に入れたいものだ。
まだまだ未熟すぎるアラサー(苦笑)。